学部長からのメッセージ

2023年度 新入生のみなさまへ

太い根を広げた学生に

「建築は工学なのか。」これは長きにわたって日本の建築教育の中で問われ続けてきた課題でした。工学部の中に建築学科が位置づけられるのが当たり前だった時代に、実は建築は工学ではないのではないか、という議論が繰り返しおこなわれていました。建物の構造や設備といった分野においては、いかにも工学系の研究と位置づけられるものが数多く見られますが、街をどのように作るのかといった都市計画の研究や、どういった空間をデザインするのかといった分野は工学なのでしょうか。

 そこで工学院大学は、長い間の議論を経て、2011年に工学部から離れて、日本で初めての建築学部を創設しました。 その際、現在の「まちづくり学科」、「建築学科」、「建築デザイン学科」の3つの学科をつくり、その学科の中に都市デザイン、ランドスケープデザイン、安心安全、環境共生、建築計画、建築構造、建築生産、建築設備、建築デザイン、インテリアデザイン、福祉住環境デザイン(2021年度より共生デザイン)、保存・再生デザインの計12の専門分野を立ててスタートしたのです。

 建築学部に入学すると3年生の時に学科を選択し、4年生になると研究室を選択して自分が専門とする分野を定めていくことになります。しかしこれは自分が勉強する分野を「狭めていく」ということではありません。あくまでも自分が探求する分野を「定める」だけであり、その分野を深めていくためには幅広い知識が求められることは変わらないのです。 ですから1年生、2年生の時には幅広い基礎や教養となる分野の講義を履修するとともに、3年生、4年生の時には自分の専門だけでなく、他学科や他分野の授業を受けて、 自分が極めて行く分野に厚みを持たせるための研鑽を積むことが必要となります。

 ところで、今この原稿を書いている時点(2023年1月下旬)では、COVID-19の第8波がピークアウトしつつありますが、2020年からの3年間で私たちは、これまでとは全く違う生活や仕事の仕方を強いられ、その延長線上でより創造的に生活や仕事の仕方を模索するようになりました。

 一方で、昨年末にタレントのタモリさんがある番組で、「2023年はどのような年になるでしょうね」と問われて、「新しい戦前になるんじゃないですかね」と言ったそうです。ウクライナにおけるロシアの侵略、中国と台湾の問題など国際社会の不安定な状況の中で、私たちは何を学び、何を研究し、何を情報発信するのかについて、学生も教員も個々人が深く考えて行動することが必要なのかもしれません。

 この3年間は建築教育にとって、空間を五感で感じるというとても大切な機会が失われた時期となりました。最初はCOVID-19の蔓延により行動制限が求められ、旅に出ることはもとより、都内を歩き回ることすらも自粛を求められるような状況だったために、建物を見て回ると言ったことが全くできない一年でした。その後少しずつ状況は改善して、かなり以前の学習環境に近づいてきましたが、学生間や学生と教員のコミュニケーションという面では、まだ制限があるのが実態です。

 大学の教育は一方的に教わるものではなく、自分で求めて、自分で判断をすることにより、自分を高めることが求められます。そのためには広く社会の状況を理解したうえで、建築に関わる情報を広範に身につける必要があります。こうした経験が皆さんのこれからのバックボーンになることは間違いありません。まだまだパンデミックがおさまったわけではありませんし、おそらくこれからもウィルスとの共存が続くことになるでしょう。そうした中で適切な感染対策をとりながら、幅の広い経験値を増やすことにより、太い根を広げた大学生になることを忘れないでください。

2023年4月2日
工学院大学建築学部 学部長 筧 淳夫

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