建築学部開設記念 レクチャーシリーズ 5
No.15 原 広司(はら ひろし)氏 講演会
「WALLPAPERS」
工学院大学では、2011年4月の「建築学部」開設以来、一流のプロフェッショナルにお話しいただくレクチャーシリーズを開催しています。
第15回は原広司氏をお迎えします。
参加費無料でどなたでもご来場いただけます。奮ってご参加ください。
![]() | ||
開催日時 | 2014年12月2日(火) 19:00~21:00(開場18:30)※終了しました |
|
---|---|---|
講演テーマ | 「WALLPAPERS ―空間概念・様相・「非ず非ず」」 | |
会場 | 工学院大学新宿キャンパス 3階 アーバンテックホール(アクセスマップはこちら) | |
定員 | 250名(事前申込による先着順) | |
入場料 | 無料 | |
講演者 | 原 広司
Hiroshi Hara (建築家、東京大学名誉教授) ![]() - プロフィール - 1936年神奈川県生まれ。1964年東京大学大学院博士課程修了、1969年東京大学生産技術研究所助教授、アトリエ・ファイ建築研究所と設計活動を共同、1982年同大学教授、1997年同大学名誉教授、1999年原広司+アトリエ・ファイ建築研究所に社名変更、2001年ウルグアイ国立大学 Profesor Ad Honorem - 主な作品 - 田崎美術館(1986)、ヤマトインターナショナル(1986)、内子町立大瀬中学校(1992)、新梅田シティ(1993)、京都駅ビル(1997)、宮城県図書館(1998)、東京大学生産技術研究所(2001)、 札幌ドーム(2001)など。 - 主な受賞 - 日本建築学会作品賞、第1回村野藤吾賞、BCS賞、サントリー学芸賞、日本建築学会作品選奨、日本建築学会大賞、その他国際コンペ受賞多数 - 主な著書 - 『建築に何が可能か』(学芸書林)、『住居集合論1-5』(鹿島出版会)、『空間<機能から様相へ>』(岩波書店、岩波現代文庫)、『集落への旅』(岩波新書)、『集落の教え100』(彰国社)、『Hiroshi Hara』(Botond Bognarと共著、WILEY-ACADEMY)、『Hiroshi Hara Discrete City』(TOTO出版)、『YET HIROSHI HARA』(TOTO出版)、『HIROSHI HARA:WALLPAPERS』(現代企画室)など。 |
|
ナビゲーター | 藤木 隆明 Takaaki Fujiki(工学院大学建築学部建築デザイン学科教授) |
|
主催 |
工学院大学 | |
お問合せ先 |
工学院大学 建築学部開設記念講演会事務局 電話番号:03-3340-0140 メール:infokenchiku●cc.kogakuin.ac.jp(●を@に直して送信してください) |

千葉の市原湖畔美術館で「WALLPAPERS」という展覧会を開催しています(会期は2014年10月4日~12月28日)。今回は、その関連企画である連続プレゼンテーションの一環として、写経のテキストを中心にお話ししたいと思います。展覧会にあわせて本を出版しましたので、詳しくはそちらを読んで下さい。
八丈島の夜明けの海とライプニッツの『単子論』
八丈島の海の夜明けの写真をもとにして、色を直感的に分けて、領域分割図というものをつくりました。この図は、都市計画の用途地域図など、ある領域に対して色を指定して塗り分ける図と同じようなものです。昔は、コンピュータがなかったので、都市計画の図面を色鉛筆で塗るというアルバイトがあって、僕もずいぶん描きました。
その領域分割図を背景にして、ゴットフリート・ライプニッツの『単子論』(1714)のテキストを写経しました。ライプニッツは、宇宙が基本的に調和するようにできているので、その間の交通が可能であると言いました。この場合の交通とは、広い意味で、通信やコミュニケーションというようなことも含みます。この考え方は、最も近代が支えられた空間像です。
宮沢賢治と法華経
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』(1934)の中の「鳥を捕る人」と「ジョバンニの切符」、『雨ニモマケズ』(1934)を写経して、八丈島の夕暮れに重ね合わせています。「ジョバンニの切符」の中には、ブラックホールのようなものが出てきたり、空間についての記述のある地理と歴史の本が出てきたりします。「大きな一冊の本」が出てくる場面の記述は、20世紀初頭の人たちの特徴を表しています。科学が世界を分かるようにしてくれるだろうと思っていて、科学と神、宗教を同時に信じているわけです。
『妙法蓮華経』(AD1C)も写経しました。サンスクリット語を鳩摩羅什が漢訳したものです。宮沢賢治は若い頃に法華経を読んで感銘を受けました。彼が法華経から得た想像力は、よく分かります。宮沢賢治はたくさん本を書きましたが、ほとんど売れないまま、若くして死んだ後、有名になったわけです。僕は、日本人の近代の想像力の中で、宮沢賢治が一番だと思っています。
空間概念・様相・「非ず非ず」
空間(時空間)は、空間概念、様相、「非ず非ず」で説明することができます。空間概念とは、時代の支配的な空間の理解、解釈です。様相は、変化するもの。それに対して、常に変わらない均質空間を理念化したものが、近代建築の考え方です。均質空間は、人工でつくりあげた冷蔵庫のような空間です。均質空間が支配する現実において、親自然的な理念との間に生じる矛盾や対立を打開しつつ、建築を実現してゆこうとするのが私の態度です。
変化の原因として、東洋の「非ず非ず」、西洋の弁証法があります。弁証法は、間違ったところにあるものは、正しいところに戻る、そうして、ものは変わっていくということです。もうひとつは、ナーガールジュナが『中論』(鳩摩羅什訳、AD2C)で体系化した「非ず非ず」の世界です。Aの状態であると同時にnotAの状態でもある、と同時にnot(A,notA)の状態でもある。「非ず非ず」は非常に重要な概念です。
天動説、地動説、ダークマター
アリストテレスの本の中から、『形而上学』と『自然学』(BC4C)を写経しました。すべてのものには本来あるべき場所(トポス)がある。正しい場所に戻ろうとするから、ものが動く。これがアリストテレスの弁証法の基本図式です。
アリストテレスの天動説に対して、地動説を唱えたのが、コペルニクスやガリレオ、ケプラーです。ジョルダーノ・ブルーノは、世界の多様性を主張して、殺されてしまいました。
今後、天動説と地動説くらいの変化が起こるのではないかと思っています。僕は昨年病気をして入院している間、物理学者の大栗博司さんの本を読んで衝撃を受けました。宇宙には、我々が知る物質はたった5%程度しかなく、あとはダークマターやダークエネルギーでできているというのです。宇宙のバランスを、現在の力学では説明できない。重力の原因さえもよく分からないということがはっきりしてきたわけです。そうなると、空間像がすべて変わる可能性がある。空間に関わる建築をつくる我々は、いち早くそれを把握しておく必要があると思います。
先日行われた連続プレゼンテーションの第1回目では、そうした問題をテーマにして、大栗さん、作家の大江健三郎さん、文芸評論家の三浦雅士さんをお呼びして、討論会を行いました。その内容は雑誌『世界』の2015年1月号に掲載されています。
藤原定家、鴨長明、道元
秋の夕暮れを詠んだ三夕の歌をみると、「非ず非ず」がどういうことかがわかります。その中でも重要なのは、藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり
浦の苫屋の秋の夕暮れ」という歌です。「花も紅葉もなかりけり」は、花や紅葉があると同時にない世界を表しています。この時代に、無常やもののあはれなどの世界観が出てくるわけです。
また、古今東西で最も優れた建築論は、間違いなく鴨長明の『方丈記』(1212)です。『方丈記』では、自分の家が火事で燃えたので、1/10にして、それでもうまくいかないので、さらに1/100にした。そういう縮小の美学が描かれています。縮小された世界の中に豊かな世界があるわけです。
もう一人の重要な人物が道元です。『正法眼蔵』(1253)の「山も時なり。海も時なり。」という表現は、ものごとが時間とともに変化するという考え方を示しています。建築も時間です。
その後、400年間、日本人は彼らが描いた世界をつくろうとします。それが、茶室の形式をつくりあげました。茶室は日本が世界に誇る建築形式の唯一のものだと思います。ちなみに、イラクで集落を調べていたら、お茶にしますといって、茶室のような場所に連れて行かれました。もしかしたら、茶室は日本の独創ではないのかもしれません。
3人の旅人
ジョン・ケージの『4分33秒』(1952)という有名な作品があります。4分33秒の間、何も演奏しないわけです。それに対して、T.S.エリオットの『荒地』(1922)では、コラージュ(寄せ集め)による433行の詩がつくられています。この詩の内容をもとに、「ThreeTravelers」という作品をオーストリアと日本で制作しました。本日、オーストリアのライディングプロジェクトをプロデュースするローランド・ハーゲンバーグさんが来ているので、彼に内容を説明してもらいます。
「オーストリアの音楽家フランツ・リストの生地であるライディングという小さな村で、日本人建築家たちに建築をつくってもらうプロジェクトを進めています。2013年、最初のプロジェクトである藤森照信さんの「鸛庵(こうのとりあん)」が竣工しました。2014年10月末には原さんによる「ThreeTravelers」が完成し、2015年には5mキューブの宿泊施設(HaraHouse)が竣工予定です」(ローランド・ハーゲンバーグ)
重要なのは、この地にリストの記念館とコンサートホールがあるということです。最初にできた鸛庵にコウノトリが来なかったら大変だと思っていたら、無事に来ました(笑)。「ThreeTravelers」は道標を兼ねた小さなあずまやです。日本では、2015年に「越後妻有アートトリエンナーレ2015」の作品として、異なる構法で実現する予定です。2014年に開催されたプレイベントでは、工学院大学藤木研究室、F.A.D.S、構造の新谷眞人さんの協力のもと、1/2サイズの小さな「ThreeTravelers」を制作しました。その作品は市原湖畔美術館でも展示しています。