建築学部開設記念レクチャーシリーズ

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建築学部開設記念 レクチャーシリーズ 4
No.11 乾 久美子(いぬい くみこ)氏 講演会
「近作について」

工学院大学では、2011年4月の「建築学部」開設以来、一流のプロフェッショナルにお話しいただくレクチャーシリーズを開催しています。
第11回は乾久美子氏、第12回は山本理顕氏をお迎えします。

第11回建築学部開設記念レクチャーシリーズ 乾久美子
開催日時

2013年11月12日(金) 19:00~21:00(開場18:30)※終了しました

講演テーマ 「近作について」
会場 工学院大学新宿キャンパス 3階 アーバンテックホール(アクセスマップはこちら
定員 250名(事前申込による先着順)
入場料 無料
講演者
乾 久美子

Kumiko Inui (建築家/東京藝術大学美術学部建築科准教授)

Kumiko Inui

-プロフィール -

1969年 大阪生まれ
1992年 東京藝術大学美術学部建築科卒業
1996年 イエール大学大学院建築学部修了
- 2000年 青木淳建築計画事務所勤務
2000年 乾久美子建築設計事務所設立
2011年- 東京藝術大学美術学部建築科准教授

○主な作品に、DIOR GINZA(2004)、アパートメントI(2007新建築賞受賞)、スモールハウスH(2009東京建築士会住宅賞)、フラワーショップH(2009日本建築士会連合会賞、2010グッドデザイン金賞、2011 JIA新人賞)、TASAKI GINZA(2010)など。著書に「そっと建築をおいてみると」(INAX出版)、「浅草のうち」(平凡社)。

ナビゲーター
倉田 直道

Naomichi Kurata(工学院大学建築学部まちづくり学科教授)

主催
工学院大学
お問合せ先
工学院大学 建築学部開設記念講演会事務局
電話番号:03-3340-0140
メール:infokenchiku●cc.kogakuin.ac.jp(●を@に直して送信してください)
その他
ポスター(PDFファイル682KB)

summary

社会的公正とデザイン —延岡駅周辺整備プロジェクト

 2011 年からまちづくりにかかわり始めました。そして、同年に起きた東日本大震災の復興計画に参加するようになって、建築は今後の未来に対してどのように応えていかなければいけないのか、ということを真剣に考えるようになりました。それは、社会的公正というものにかかわっていくことだと思います。その問題をどのようにデザインで解決して、世に問うていくのか。今はそれを模索している段階です。
 そんなことを考え始めたきっかけとなったのが、延岡駅周辺整備プロジェクトです。2011 年にスタートした延岡駅全体の再生計画で、まちづくりにかかわったのはこれが最初でした。全体をデザインする立場で、駅の整備をきっかけに、衰退しつつある中心市街地の問題を考えることになりました。そこで、既存の JR 延岡駅舎とそっくりなものを付け足して、駅舎のモチーフを繰り返しながら増築することで、デザインをせずに全体を良くしていくような提案をつくりました。しかし、既存駅舎をリソースにしてデザインするという方向で本当にいいのか、悩むようになりました。その後、きちんと自分でデザインしたものが、まちづくりの役に立つのかどうかをもう一度考えたいと思うようになりましたが、その後、もう少し積極的なデザインへと進化させつつあります。
 延岡駅でいろいろと考えた後に、デザインで何ができるのかということを、より考えるようになりました。ひとつ言えるのは、社会的公正というものが建築で問われると、その解答はアイテム的なものになりやすいということです。例えば、木を使ったり、防災面を重視したり、構造を頑丈にすることで、社会的公正というものを追究することはできます。ただ、そうしたものを単純に建築のプロジェクトにインストールしても、全体性として見えてこない。その全体性を与えることこそが、建築のデザインでしかできないことなのではないかと考えるようになりました。

ロの字型をたくさんつらねる —七ヶ浜中学校

 それをふまえて、次は宮城県宮城郡七ヶ浜町で計画している七ヶ浜中学校について説明します。3.11 の地震で校舎が構造的にダメージを受けたため、建て替えることになり、プロポーザルで設計者に選ばれました。
 震災前から、隣にある小学校と合わせた小中一貫校をつくる構想があったため、再建の条件として、将来的にそのことを見据えた計画が必要となりました。
 建物のかたちは、耐震的にも避難的にも有利である低層にして、ロの字型にすることを考えました。このロの字型低層校舎を、4 つくらいつらねて配置します。将来的に小中一貫校になって増築したときに、小学校のレイアウトに自由度を与え、ロの字型をたくさんつらねることで、一体化するようなかたちにしています。
 ロの字型の校舎は、廊下と教室が並んでいるノーマルな片廊下型にしていますが、そこに少人数ワークスペースやミニ図書室、歯磨きスペースなどのリトルスペースと呼ばれるものを散らばせて、くっつけています。そうした細かい機能を少し足すだけで、空間が豊かになり、学びの多様化にも対応できる場所をつくることを考えました。
 また、敷地周辺は郊外型の開発が進み、緑がなくなりつつあるので、この学校を中心に森の風景を再生し、周囲に残っている森につながるような環境をつくることを目指しています。同じ床面積の 4 階建ての建物と比べると、ロの字型の低層校舎は周辺長さが約 3 倍なので、校舎のまわりに木を植えれば、植物に日常的に触れるチャンスが増えます。リトルスペースによってできた凸凹部分に、木がまとわりついていくような建物になるといいなと思っています。

市松模様に分棟して斜面に配置 —唐丹地区小中学校

 もうひとつ、被災地でかかわっている復興計画を紹介します。岩手県釜石市唐丹地区で計画している唐丹地区小中学校です。小白浜という集落にあった唐丹中学校は地震で壊れ、片岸という集落にあった唐丹小学校と唐丹児童館は津波で流されてしまいました。3 つとも壊れてしまったので、中学校があった敷地に、小学校、中学校、児童館を合体した建物をつくることになり、プロポーザルを経て、設計することが決まりました。
 唐丹地区では、この学校のプロジェクトのほかに、公営住宅のプロジェクトが 2 つあります。この 3 つを復興をすることで、商店街界隈に賑わいを生み出していくことを全体の目標にしています。そのために、この学校も、子どもたちのためだけにつくるのではなく、大人も活用できるように地域開放することが求められています。
 計画敷地には仮設校舎や既存体育館、仮設児童館や仮設給食センターなどが建っていて、建設可能なエリアは急斜面の斜面地と元の中学校が建っていた場所に限られていました。そこで、斜面地がもつ不利な点を利用して、それを魅力づくりに生かすため、建物を市松模様に分棟して、地形に沿うような配列を考えました。6 階建ての建物ですが、斜面地なので、どの教室も地面に接していて、自由に庭を使いながら、いろんな活動ができるようになっています。
 2011 年に津波が襲ってきたとき、高い場所にある国道へ避難するために有効だったのが、集落にある小さな路地だったそうです。そこで、学校の敷地内に路地と同じような機能をもつ避難道をつくることを提案しています。そして、周辺住民にもこの道の存在を知ってもらうために、避難道に隣接するように地域開放施設を配置しています。
 釜石のプロジェクトは住民を巻き込んでワークショップをしっかり行うことが求められているので、住民がどのように使いたいのか、意見を聞きながら計画を進めています。

+αの価値をひねり出す —共愛コモンズ

 最後に、2011 年に完成した共愛コモンズを紹介したいと思います。これは、共愛学園前橋国際大学の四号館として新しい学びのスタイルを具現化する施設をつくるというプロジェクトです。そのほかの条件としては、普通教室が足りていないので数部屋つくること、小さすぎる既存の食堂をつくりなおすこと、それを 2000㎡ほどに納めることなどがありました。つまり、それぞれ特に結びつきはないけれども、たまたま足りていないものをセットにして、ひとつの建物にまとめるということが求められていました。
 そこで、それぞれの機能をもつ 5 棟の細長い建物を短冊状に並べることにしました。棟の内部には「壁柱」と呼ぶ間仕切り兼構造壁を設けています。それぞれの機能によって壁柱の位置が変わるため、全体として部屋があみだくじ状に配置され、ひとつの部屋がいろいろな方向につながっていくようになります。そのことを利用して、なるべく廊下と教室の間仕切りをなくし、廊下を介して、部屋同士をいろいろなパターンで組み合わせることができるようにしました。
 また、この壁柱が視覚的なパーティションになり、生徒が1 人で静かにいられる場所や、少人数でこっそりひそひそする場所、大人数で騒ぐ場所など、それぞれの生徒の個性や用途に合わせた多様なスペースが生まれています。
 建築というものは、ある程度規模が大きくなると、どうしてもいろんな機能の寄せ集めになります。そのときに+αの価値をひねり出すことが建築家には求められているのかなと思っています。共愛コモンズでは、複雑な壁柱の配置によって、空間的な居心地の良さをつくり出すことができました。デザインで貢献できることはそうした部分だと思っていたので、その部分に集中して設計を行いました。