建築学部開設記念 レクチャーシリーズ 3
No.10 金箱 温春(かねばこ よしはる)氏 講演会
「構造設計の可能性と役割」
工学院大学では、2011年4月の「建築学部」開設を記念し、当学部の幅広い教育研究領域を代表する気鋭のプロフェッショナルを外部から迎え、多くの方々にお楽しみいただけるレクチャーシリーズを開催しています。
第10回は本年度から建築学部の特別専任教授になられた金箱温春先生に構造設計の可能性と役割について講演を、また専任教授の木下庸子先生(2012年日本建築学会賞(作品))と対談をしていただきます。
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開催日時 | 2012年12月14日(金) 19:00~21:00(開場18:30)※終了しました |
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会場 | 工学院大学新宿キャンパス 3階 アーバンテックホール(アクセスマップはこちら) | |
講演テーマ | 「構造設計の可能性と役割」 | |
講演者 | 金箱 温春
Yoshiharu Kanebako (工学院大学建築学部特別専任教授/金箱構造設計事務所) ![]() -プロフィール - ○1953年長野市生まれ。 75年に東京工業大学工学部建築学科卒業、 77年には東京工業大学大学院総合理工学研究科修了、同年横山建築構造設計事務所へ。 92年に金箱構造設計事務所設立。 08年に博士(工学)取得し、現在は工学院大学特別専任教授、東京工業大学特任教授、(社)日本建築構造技術者協会会長を務める |
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対談者 | 木下 庸子 Yoko Kinoshita(工学院大学建築学部建築デザイン学科教授) |
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ナビゲーター | 小野里 憲一 Norikazu Onozato(工学院大学建築学部建築学科教授) |
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主催 |
工学院大学建築学部 | |
お問合せ先 |
工学院大学 建築学部開設記念講演会事務局 電話番号:03-3340-0140 メール:infokenchiku●cc.kogakuin.ac.jp(●を@に直して送信してください) |
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その他 |
ポスター(PDFファイル236KB) |

構造設計者としての駆け出し時代
わたしは24歳から構造設計事務所で働き始めましたが、そのころの話を自己紹介を兼ねて話します。わたしの恩師は横山不学先生です。1950年に横山建築構造設計事務所をつくり、日本の構造設計事務所の草分けと言われた事務所です。横山先生は「構造設計は、建築の高い芸術性と文化性の創造に寄与する」という言葉を残されています。しかし、当時わたしはそういうこともよくわからずに、日々の与えられた仕事を一生懸命こなしているだけでした。今ではこの言葉がとてもよくわかります。
横山事務所では、前川國男さんの晩年の作品を担当していました。横浜市中区役所や弘前市斎場、石垣市民会館などです。その後、前川事務所にいた横内敏人さんと一緒に熱海リフレッシュセンターをつくったり、横山事務所の先輩である木村俊彦さんに声をかけていただいて、水戸芸術館(磯崎新アトリエ)を手伝ったりしました。水戸芸術館はおもちゃ箱をひっくり返したようにいろいろな幾何学が出てくる、今までになかったプロジェクトで、僕にとっては非常にカルチャーショックを受けた仕事でした。
東京国際フォーラム(ラファエル・ヴィニオリ)では、渡辺邦夫さん、佐々木睦朗さん、梅沢良三さん、花輪紀昭さんと一緒に仕事をさせていただき、違う構造設計のあり方を学びました。そして、京都駅ビル(原広司+アトリエ・ファイ)を担当して、基本設計が終わったときに独立しました。
建築デザインと構造デザインの関係
建築のデザインというのは空間をつくったり、形をつくったり、テクスチャーをつくっていくわけです。その空間をつくるためには骨組みと材料が必要です。構造のデザインはその骨組みと材料を使って、力学的な理論に基づいてつくっていく。建築デザインはイメージであるのに対して、構造デザインは具現化だと考えています。空間の質というものを大事にして、最大の効率を持つ架構を最適な材料でつくっていくわけです。
宇土市立網津小学校(アトリエ・アンド・アイ+坂本一成研究室)はヴォールトがずれることによって、そこから光が入り、開放的で大きな平面のヴォリュームをつくろうという計画です。ヴォールトは非常に薄い構造でできるのですが、スラスト(広がろうとする力)がかかるので、スラストに抵抗可能な境界条件を整える必要がありました。しかし、最初につくってみた模型が、コンペ時のイメージとはかけ離れており、試行錯誤が続きました。最終的に、端は20cm、中央は9cmの厚さのヴォールトのスラブが実現し、コンペ時の空間イメージを表現できました。
新潟市立葛塚中学校体育館(安藤忠雄建築研究所)では、構造模型をたくさんつくり、木造とケーブルの組み合わせで、壁から屋根が連続する皮膜のイメージをつくりだしました。
TreformW棟(西沢立衛建築設計事務所)は、RCの箱をずらして、セットバックやでっぱりなどがあることで、採光通風を確保し、日影や高さ制限をクリアして、ボリュームのすき間に生まれるテラスと住居の関係を生み出す計画です。構造を合理的につくるために、セットバックや跳ね出す際のルールをつくり、西沢事務所にはそのルールにのっとって形態操作をしてもらいました。
東京造形大学CSプラザ(安田アトリエ)では、スパイラル状に平面をずらす構造を考えました。空間のずれに合わせて、構造もずれるのですが、建築のコンセプトにクライアントが喜んでいたので、多少無理をしても実現したいと思い、その処理方法を考えました。
建築・構造の融合によりデザインを決める
昭和記念公園・花みどり文化センター(桑原立郎、アトリエ・ワン)は建築と構造のデザインの融合がうまくいった事例です。屋上緑化した屋根の上を自由に人が歩ける施設で、シリンダーと呼ぶ円筒形の柱で屋根を支えています。屋根の架構計画は、平面的なグリッドの計画、全体的な屋根形状の計画、局所的な屋根形状の変化という3つの操作により屋根の形態と部材の配置を決めました。そうやって構造力学的に考えた形に、土を盛ると自然にランドスケープが生まれ、建築のデザインも一気に決まりました。
また、構造家として継続して取り組んでいるテーマもあります。例えば、木質ハイブリッド構造です。RCと木造の組み合わせをテーマにして、糸魚小学校(アトリエブンク)、ベターリビングつくば建築試験研究センター本館(エステック計画研究所)、宇城市立豊野小・中一貫校(小泉アトリエ)をつくりました。単純な平屋から、二階建て、少し形が複雑なものまで対応するように、構造を少しずつ進化させています。
工学院大学八王子キャンパス総合教育棟(千葉学建築計画事務所)は、四つのL字型の建物で構成していて、真ん中にパッサージュがあります。全体が緩やかにつながっているところが千葉さんらしい建築です。ここでは、免震構造を採用し、耐震壁配置の検討をしました。大きい空間と小さい空間に分けて、大きい空間はPCaの床、小さい空間はRCの床をつくっています。
構造設計を取り巻く状況と構造の可能性
2005年に耐震強度偽装事件があって、大きな問題になりました。結果的に、確認審査制度の改定と構造設計一級建築士が国家資格として誕生した。そして、2011年の東日本大震災は、建築の安全というのは何なのかということを改めて考えるきっかけとなりました。今、構造設計者の社会性が問われる時代になってきていると思います。構造設計の役割は機能や造形を満たし、安全で経済的な建物をつくるわけですが、この条件は矛盾することが多いものです。与条件の最適解を集めればいいのでもなく、非常に難しいわけですが、やはりバランスを考えることが重要だと思います。
構造設計は決まったやり方があるわけではなく、プロジェクトの規模や建築家の発想などによって、方法は無数にあります。構造設計には普遍性と個別性があって、科学や工学の普遍性を前提としつつ、建築デザインを生かす個別的な合理性が必要です。技術や力学原理など普遍化されるものには限界がありますが、個別性には無限の可能性があるはずです。そうした構造の無限の可能性に向けてがんばっていきたいと思います。
金箱温春×木下庸子対談
木下設計の授業で学生とエスキースをしていると、構造的な部分で「そんなことをしてもいいんですか」と言われることがあります。でも、わたしは、学生たちが頭の中で描くイメージは、現代の技術があれば必ず具現化できると思っているんです。そういう悩みをもっている学生に何かひと言いただけますか。
金箱変わった空間や形をつくりたいということは良いけれども、どういうふうにすればできるのかということは考える必要があると思います。考えた結果であれば、学生の時はそのままやっていいと思いますが、実際の世の中でプロとしてやっていく場合は、デザインをするためにそこまで無理をする必要があるのかということを十分考えなければならない。
意匠系に行くから構造はそこそこでいいと思っている学生は、あるところで行き詰まってしまうと思います。建築家も構造を知って、構造設計者も建築デザインを理解しているからこそ、本当に良い建築をつくるためにどうすればいいかという議論ができるわけです。
木下構造についてどうしたらいいかわからないという学生にはイメージの段階で、金箱先生のような方に構造的なアドバイスをしてもらうといいと思っているのですが、教育の場ではどのような考えをお持ちですか。
金箱大学の授業で建築と構造を一体的に教えるには、設計製図の中で教えるのが一番いいと思います。大きい空間の設計をして、構造模型をつくるような授業がしたいです。
木下是非、実現したいですね。