建築学部開設記念レクチャーシリーズ

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建築学部開設記念 レクチャーシリーズ 2
No.6 デービット・アトキンソン氏 講演会
「歴史的建築物保存と経済学」

第6回建築学部開設記念レクチャーシリーズ デービット・アトキンソン
開催日時

2011年11月30日(水) 18:00~※終了しました

会場 工学院大学新宿キャンパス5FA0542教室(アクセスマップはこちら
講演テーマ 「歴史的建築物保存と経済学」
講演者
デービット・アトキンソン

David Atkinson (株式会社小西美術工藝社代表取締役会長兼社長)

David Atkinson

-プロフィール -

1965年  イギリス生まれ
1987年  米系コンサルティング会社アンダーセン・コンサルティング入社、ロンドンからニューヨークに転勤
1990年  来日。ソロモンブラザーズ証券会社入社(銀行アナリスト)
1992年  ゴールドマン・サックス証券会社入社
1998年  Managing director(取締役と同意)
2006年  Partner(共同出資者)
2007年  ゴールドマン・サックス証券会社退職
2009年  小西美術工藝社入社、取締役就任
2010年  小西美術工藝社代表取締役会就任
2011年  小西美術工藝社代表取締役会長兼社長就任

-著書・活動 -

主な著書に『銀行-不良債権からの脱脚』(日本経済新聞社、1994年)など。1999年裏千家入門。2006年茶名拝受「宗真」。

ナビゲーター
後藤 治

Osamu Goto(工学院大学建築学部建築デザイン学科教授)

お問合せ先
工学院大学 建築学部開設記念講演会事務局
電話番号:03-3340-0140
メール:infokenchiku●cc.kogakuin.ac.jp(●を@に直して送信してください)

summary

日本経済に対する考え方とこれからの変化

 日本は技術立国であるとよく言われるが、それは感情的な話にすぎない。日本経済はつい最近まで世界第2位だったが、それと技術は別の問題である。例えば、技術系のGDPの割合を見てみると、ドイツが世界1位で23%。日本は20%で、先進国の平均よりも少ない。では、なぜ世界第2位だったのか。各国の人口を比較すると、アメリカは3億人、日本は1億2700万人、ドイツは8000万人、フランスは6000万人、イギリスは5800万人となる。先進国において、国民一人あたりの生産能力はほぼ一緒と考えると、技術の話ではなく、ただ単に人が多いということが重要なのである。最近は中国が第2位になったので、中国の技術力は日本よりも上だと言う人がいるが、そういうことではない。言うまでもなく、13億人の国民を持つ中国はその平均生産能力が日本人の1割になっただけで、超えてしまう。数の話なので、中国経済がアメリカを超えて世界1位になるのは時間の問題だ。
 また、日本は高齢化社会だと言われるが、ヨーロッパが先進国になったのは何百年前なので、50~100年前から高齢化社会の問題を抱えている。これに関しては、日本が特別だということではなく、そのペースが早いというだけである。2050年までに日本の人口は約30%減少する。今、高齢者が20%を占めていて、2050年には40%を占める。また、製造者である18~60歳前後までの日本人の数が50%以上減少する。人口全体がどう減るかということよりも、製造者がどう減るのかということの方が問題で、これから大変になることは間違いない。今現在の日本のGDPはだいたい495兆円くらいで、1992年から上がったり下がったりしているが、ほとんど横ばい。効率性と生産能力を上げて、何とか現状を維持することはできるかもしれないが、増えることはまずないという結論になる。

イギリスの文化財投資政策

 現在、円高が進んでいるが、どの先進国も同じような道をたどっている。円高、通貨高というのは日本が特別なものではないのである。投機的な動きになっていると言う人がいるが、それはほとんどウソで、実際は円高がさらに進む可能性が高い。イギリスは、産業革命の時期から1950年代あたりまで、製造業が占める全世界のマーケットで非常に高いシェアを何百年間も維持していた。50年代にポンド高がどんどん進んで、何百年も続いていた会社が、設備投資ができなくなり、何百年間の実績がその期間に終わってしまったのである。客観的に分析すると、ポンド高の影響はものすごかった。最近、円高で日本企業は設備投資が難しくなっているが、これはイギリスのたどってきた歴史と似ている。
 イギリスは産業革命の後に、世界の産業製品のマーケットシェアがピークで50%だった。1900年がそのピークでそこからずっと下がっている。景気が悪くなり、失業率が13%となったイギリスが行ったのが、文化財に対する投資である。文化財に投資したのは、50年前や100年前だと言う人がいるが、それはウソ。ここ30~40年くらいのごく最近の動きだ。たまたまやってみたら、大成功したのでそれが国策になったのである。最初は、国会議事堂の修復がきっかけだった。サッチャー政権は、若者を雇って、国会議事堂を直した。きれいになった国会は観光客が増えて、入場料収入が増え、失業者も減って、治安もよくなっていった。その成功をきっかけに、隣のウェストミンスター寺院やセント・ポール大聖堂も直していき、イギリスの全国の文化財に対して徹底的に投資をすることになったのである。これはポンド高からはじまった偶然の政策とも言える。

イギリスにおける文化財修復の経済効果

 文化財に対して投資したイギリスの直接的な経済効果は、日本円に換算すると1兆7000億円。間接的な経済効果まで入れると、2兆8840億円となる。全体で見ると、イギリス経済の2.7%を占める。また、観光の90%は文化財をどこかで見るという調査結果があるので、観光業界まで含めるとイギリス経済の9.1%を占めることになる。観光客が使うお金の36%が文化財に直接入り、64%がまわりの施設であるホテルやレストラン、カフェなどに入る。文化財にかかわる人々の数を見ていくと、修理を行う職人や管理者などが46万4000人。それ以外の関係者や観光にかかわる人々もいれると265万人になり、イギリスの労働者の約12%を占める。
 イギリス全体では、指定文化財に対して年間で、日本円にして501億円程度の修理代を国から出している。日本は2倍の経済規模があるので、日本に置き換えると、1100億円程度の予算と考えられる。それに比べて、日本では、国宝重要文化財に対して建造物の修理代として出している予算は年間80億円しかないのが現状だ。

日本の文化財の現状と投資の必要性

 そこで、改めて日本の文化財を見てみるとかなり問題が多い。ボロボロであることは間違いない。職人文化がいまだに生きていることは良いことだと思うが、十分な予算が出ているとは思えない。一方で、それを増やす努力もほとんどしていない。また、観光に対する意識も低く、サービス精神がほぼゼロであると感じる。日本では文化財を見に行くと、入口で拝観料を取って、写真を一枚撮って帰るだけだ。その場所にいる時間は1時間もないし、十分な説明もない。イギリスは生涯学習で有名な国だが、文化財を訪問することはイギリス人にとって生涯学習のひとつ。楽しみとして勉強に行く。文化財には専門家がいて、あらゆる質問に答えてくれる。イベントも定期的に行い、普段は入れないようなところにも入れる。人を楽しませるというのが基本となる。
 昔は、イギリスでも専門家の力が強すぎて、そういうことができなかったが、人が訪れることによってお金が入り、悪くなった部分をまた直すことができる循環型の仕組みができたことで、みんなの考え方が変わっていった。実際に、修理をすれば観光客が40%増えるという実績もある。日本でも「ここは国宝で、あちらは重要文化財。写真を一枚撮って帰れ」というようなやり方をやめなければ、状況は変わらないだろう。
 国から補助金が出れば、経済的にプラスの効果が出ることは間違いない。文化財に投資することは、単に建物をきれいにするという意味だけではなく、いろんな波及効果があるということを理解してほしい。

対談 デービット・アトキンソン×後藤治

後藤イギリスはほとんどの文化財が都市計画、地域計画にかかわるものなので、リステッド・ビルディングは都市計画法の中に入っている。よって、501億円という金額は、それらをすべてトータルした予算である。
 ところが、日本において、文化財は文部科学省文化庁の管轄。文部科学省の中では80億は大きい金額となる。日本の統計では、海外の文部科学系の官庁と比較するため、イギリスが文化にかけている予算はすごく少ないというデータになってしまう。文化庁的なデータでは、世界と比べても、日本の文化財には潤沢な予算を付けているということになる。海外の文部科学系の官庁ではほとんど文化財を扱っていないのだから当たり前だが、そういうマジックがある。
アトキンソン京都で古い町家を買って、修理して元の町家の姿に戻した。京町家はどんどん壊されている。戦争の被害も受けず、京都はもとのまま残されていたにもかかわらず、日本人の手によって、なおかつ所有者の手によって壊されたということは残念なこと。イギリス人にとっては、文化財的な京町家を壊すのは犯罪行為。京町家は日本人共通の文化財のはずで、そこに住んでいる人は預かっているという意識を持つべきだ。国にもそういう考え方をもってほしいと思う。